「あのさー、ここんとこ、ちょっと切ってくんない?」と母が言う。
「なにこれ」髪の毛が一房、固まっている。
「昨日、寝る前にさ、ちょっと咳が出そうだったから、そうだ!と思ってガム噛んだんだけど、朝起きたらくっついてたんだよねー」
誤嚥防止にはガムがいい、というテレビを観たっつってたよなあ、そういえば。
「ははは」「ははは」
笑い事ではありません。笑ってるけど。一応、危険性について語ってはみるけど。
「切らなくてもさー、たぶん、取れると思うよ」
「なにで」「熱湯で」
キッチンペーパーを熱湯で湿らせて、何度か拭いたらとれた。
「くっついたガムなんて、取ったことなかったよ。熱湯で取れるんだ。すごいねえ」感心している。
「そんなことより」と、確認に行く。ほらね。
「枕にも、ついてました」掲げて、宣告する。
「あらま。ついてないと思ってたのに」
「ついてないわけ、ないでしょう。これはケアマネジャーさんに報告だな。…異常行動だ。器物損壊罪だ」
「そんなになるー?」(自分の枕だからほんとは関係ない。以下同じ)
「なります。おまけに、傷害罪です。髪の毛にガムなんかつけて」
「ははは」「ははは」
「こーんなおもしろい話、ネタにしちゃおうかなあ」と言うと、
「いいよ別に。のっけたって。どんなのも受け止めますよ」と、そこは神妙なのである。