母は、「二重橋を渡って皇居に入る」という密かな野望を持っていた。
正月の一般参賀ではない。「歌会始で選ばれる」という、なかなかの野望。
ということで、もちろん巻き込まれる。
「じょっちゃん(わたしのことです)の方がうまい。だいたい、若い人が少ないから入る率が高い」と言い、「付き添いで行くんだー」と盛り上がってる。
「いやいやいや、うまちゃんが最高齢の入選とか、そういうのがいい。そしたらわたしが付き添いだ。どうしよう、訪問着か、色留袖か」。
作ってもいないのに、着るもので盛り上がる。
〆切は9月末。
「ねーねー、そろそろ作んないと、間に合わないよー」とふたりして重い腰を上げ、「めんどくさいなー」と言いながら半紙を用意したり筆で書いたり。もはや上手いとか下手とか言ってる余裕はない。「出さなきゃ、入選しないからね」とよくわからないことになってる。
そんな体たらくにも関わらず、いつ連絡が来てもいいように留守番電話にしたり、「連絡遅いねー」と言ったりしていい気なもんである。
最初の年は(確か3年くらい前)、食い入るようにしてテレビを観た。「わたしらやっぱり、勉強が、足りないね」と殊勝に反省しつつも、好き勝手な感想を述べる。次の年から録画。1.3倍速がちょうどいい。わたしの興味は「何歩で進んでる? どこでお辞儀してる?」に移っている。母は「やっぱり、向いてないわ、短歌」などと言っている。
去年の歌会始で発表された題は「光」だった。
「前にもあったよこれ」「えー、もう他にないのかね」とぶーぶー言って、夏頃にはすっかりやる気をなくしていた。〆切の頃は、気力も体力も、もう無かった。
すっかり忘れてたけど、テレビをつけたら歌会始の冒頭だった。
窓から光が入る。
考えず作業できる半衿付けが、よく進む。